女性鍼灸師 50代でプチ語学留学 ニース・モナコ ドタバタひとり旅

珍しく、息子が飛行場に送ってくれた。
すぐ帰るかと思ったら、づーっと、スーツケース押してくれて
手荷物検査まで送ってくれた。

ふう。。。やっと一人でフランス行ける!
やっとここまでこれた。。

『じゃあね』

母はさっそうと、手を振った。
これから迎える艱難辛苦の旅が待ち受けているとも知らず。。。

子供を育てることと仕事に明け暮れた40代。
はっと気が付いたら50になっていた。
自分が何がしたいのかもわからない.

子供の頃したかったけどできなかったこと。
踏み忘れた石を、もう一度踏みなおそうと思った。

私、外国に住みたかった。
おじいちゃんに、何でハワイやブラジルに移民しなかったのと何度も聞いた(笑)
親戚に海外にいる人はいないかと、しつこく聞いていた。

中学の時、留学したいと母に言うと、笑い飛ばされた。
自分で、調べるすべを知らなかった。
今なら、ネットがあるもんな・・。

だんだん、ほんとにしたいことが、どうしたらできるのかわからなくて、
そのうち、何にも楽しくなくなった。
最近、母に聞いてみた。
なんで、私のしたいということ、全部無視したの?
『小さい時から、この子に、やりたいことやらせたら、どこに行っちゃうかわからないと思ったの。
私にはわからない、どこかに飛んで行ってしまうと思った。だから、確かに押さえつけて育ててたわね。』

やっぱりな。
私の両親は、恐ろしいほどテレトリーが狭い。いいとか悪いとかじゃなくて、狭い。
私は、自分が親になって理解した。
ようは、手におえない子だから、否定して押さえつけた。ひたすら、押さえつけた。

結婚して、子育てして、普通が一番難しいんだから、普通になれと父は言った。
反抗すれば手が飛んだ。今なら、間違いなくDVと言われるけど、それが普通?と育った。
もともと普通じゃない子が普通をやろうとするとこれが、ものすごく大変なのだ。
そっちじゃないと!神様が試練をお与えになるのだろうか・・・。

40歳で離婚して、結果やりたいことなんて考えず、生きるために必死に生きた。

ところが、ここ3年ぐらい自分でも持て余すほどの、
あふれる愛(博愛ですが…笑)とエネルギー。
どこへぶつけたらいいのか・・・
この閉塞感をどうしたら突破できるか・・・・
なんなのこれ??

ある日、あっ、フランスとモナコ行きたかったの、忘れてた!

と思い立って、ツアー旅行に参加した。
ボンジュールとメルシィーしか言えなくて、フランス語を習うことにしたのが
2年前のことである。


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